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Empire / Multitude / Common Wealth by Michael Hardt and Antonio Negri

(An)Other Japan の更新を怠っていたら、もう2014年。今学期も日本の授業は引き続き教えているので、こちらぼちぼち書いていこうと思う。今日は、Antonio NegriとMichael Hardtが2000年に出版したEmpire、2004年に出版した続編的なMultitudeのお話。

EmpireMultitudeは国際関係論の構造主義を踏まえつつ、ポストマルクス主義の視点から、国際関係の構造的不平等とそれに対する「レジスタンス」について書かれた本。マルクスのブルジョワ・プロレタリアの二項対立をEmpire・Multitudeという概念に置き換えたと解釈して、21世紀の『共産党宣言』なんて、もてはやされたりした。現代の国際関係論のセミナルテキストであると同時に、ある意味、語られ尽くされた感はある。のだけれど、Arab SpringやOccupy Wall Street、先週のダボス会議への反発などを鑑みると、まだまだ理論として有効かもしれない。それから、たまたま、先週、受け持っている国際関係論の授業でEmpireとMultitudeを取り上げつつ、国際関係の構造的不平等について話しをしたこともあり、そのうち、この本について書きたいな、と思っていたところ。

もうひとつ。今、EmpireとMultitudeについて考えてみたい理由は、今日行ったレストランのメニューにあったりする。よく行く近所のピッツァリア。いつもデザートメニューを見る事無く巨大なティラミスを頼むと決めている。ただ、今日、なんともなしに、デザートメニューをチェックしたら「Kiev Revolution Cake」なるものを発見。単なるコーヒーケーキなのだけれど、皮肉にも現在のウクライナのキエフで進行中の反政府暴動と重なって、ふと、EmpireとMultitudeの対立という構図で、ウクライナを語る事はできないかな、と思ったのである。

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Kiev: Revolution or a state’s backlash?

とは言っても、EmpireMultitudeも大変長い理論の超大作である。さらっと齧っただけではなかなか語れない。と、予防線を張っておいて、今回はさらっと、EmpireとMultitudeという概念をおさらいして、近年、世界中で起きている反政府暴動が果たして「権力」に対抗しうるのか、オルタナティブなガバナンスのモデルを提供しうるのか考えてみたい。

EmpireとMultitudeとは何か。この二つのアンタゴニスティックな概念を構築する大前提として、1990年以前の国際政治と1990年以後の国際政治の違いを明確にする必要がある。端的にいうと、冷戦崩壊と、フランシス・フクヤマ的「歴史の終焉」、そしてグロバーリゼーションが国際政治をどう変えたかを考える必要があるということ。と、問題設定して、現代の国際政治の特徴を簡単にまとめると、以下のようになる。

  • 国家行動の主な決定要因は「選好」であり、選好は各国家の政治経済体制、文化などの要因に依存する。
  • 国家は複雑な相互依存関係にあり、そこでは国際機構や企業、個人といった所謂ローポリティクスが、これまでの国際関係の中心であったハイポリティクスと同様に、重要な役割を果たす。
  • 相互依存関係、国境を越えたヒト・モノの移動の増加によって、これまで国際関係を規定してきた様々な「境界線」が曖昧になる。
  • ここで「グローバル・ガバナンス」という概念が登場するが、グロバール・ガバナンスは国連が掲げる理想主義を実現するようなものではなく、むしろ歪んだ形のガバナンス、つまり不平等が必ず存在するガバナンスである。

こうした特徴によって示される国際政治をどうproblematize(適当な日本語訳が思いつかない)するか、様々な視点が存在する。ただ、ここでは、「国家」というものに注目したい。これまでの国際関係を規定してきた境界線が曖昧になるにしたがって、もちろん境界線によって規定されるテリトリーを基盤とした「主権」という概念が形骸化する。そして、主権を拠り所にした国家の「力」(マックス・ウィバーが言うところの「暴力の独占」、そしてミッシェル・フーコーが言うところの「ガバメンタリティ」)は衰退する。結果として、国際政治はウェストファリア体制からポスト・ウェストファリア体制に移行していくというわけ。ものすごく乱暴にまとめてしまうと、今までの国政政治(そして我々の思考)を規定してきた時空間概念が変化している、ということ。

国家というこれまでの時空間概念に限定された主体が衰退していると仮定すると、それに変わるものは何なのだろうか。ここで、NegriとHardtは「Empire」という概念を持ち出してくるのである。Empire(帝国)を新たな主権形態とし、新たな主権形態とは如何なるものか、Empireとは何かを以下のように定義する。

新たな主権形態は、単一の支配論理のもとに統合された一連の国家的かつ超国家的な組織体から成る。これを「帝国」と呼ぶ。……帝国とは、脱中心的で脱領土的な支配装置。……いかなる国民国家も、帝国主義的プロジェクトの中心を形成することはできないのであって、合衆国もまた中心とはなりえない。(Hardt & Negri 2000: pp.4-6)

ここでNegriとHardtが言う「単一の支配理論」とは、イデオロギーとしてのリベラリズムと資本主義である。この「単一の支配理論」は国政政治の主体の政治行動や経済行動を支配するだけではなく、我々個人の行動、意思決定、そして思考までも支配するというのが、彼らの主張である。

ちなみに、NegriとHardtの「Empire (with capital E)」とこれまで歴史上存在した「empires」(例えばローマ帝国や大英帝国など)の比較というはなかなか面白い。また、我々の行動・思考を支配する理論としての「Empire」と、同様に我々の行動・思考を支配する「近代 (modernity)」を比較するのも興味深い。閑話休題。

NegriとHardtの「Empire」という概念がこれまでの国際関係論の構造主義と一線を画すところは、「単一の支配理論」によって、ウォラーステインが指摘する「中心・周縁 (center / periphery)」という二項対立が崩れさるという指摘にある。つまり、中心は周縁であり、同時に、周縁は中心なのである。例えば、ワシントンはこれまで国際政治の中心と見なされてきたが、同時に、ワシントンには貧困が存在し周縁者として存在する者が多くいる。元来、周縁と見なされてきた、例えば、バングラデシュにも、富裕層がいて世界の政治に影響を与え得る力を持っている、つまり中心となり得る。構造的な不平等は何も先進国と途上国の間にのみ存在するわけではない。先進国の内部にも不平等が存在し、途上国の内部にも不平等が存在する。そして、不平等によって虐げられてきた、世界中に存在する周縁者は、世界中に存在する中心に向かって(直接)民主主義に基づいた抵抗を自然発生的に形成する、これがNegriとHardtの言うところの「Multitude」である。Arab Springも、Occupy Wall Streetも、The Battle of Seattleも、ダボス会議への反発も、そしてキエフの反政府暴動も、MultitudeによるEmpireに対する抵抗と考えることができる。

抵抗者達によれば、Multitideは世界の人口の99%を占めるが、世界の富や権力の99%は人口の1%によって握られている(統計的にも、まあ、確かに、そうらしい)。

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“we are the 99%”

99%を代弁するおおきな拳が1%のスーツを着たエリートを叩き潰そうとする。Multitudeのアティチュードを的確に表したポスターは、特にOccupy Wall Streetの際によく用いられた。また、下のオーストラリア人アーティストZanni Beggによる、Multitudeの繋がりと、MultitudeとEmpireの関係をビジュアル化したものの、昨今の様々な抵抗運動をわかりやすく示している。

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A mapping of relations between Multitude and Empire by Zanni Begg

端的にまとめると、不平等の構造を変えようというのがMultitudeの目指すところなのである。

「それで、結局、どんなオルタナティブがあるの?」と、多くの人が思うだろう。私も思う。Arab SpringもOccupy Wall Streetも、「抵抗」の後には警察や軍(国家権力、「単一の支配理論」を支持するもの)が介入してきて、「単一の支配理論」に基づく秩序が回復される。

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Reinforcing the single logic of Empire

結局、昨今の様々な抵抗運動は何かを成し遂げたのだろうか。私がMultitudeの成果に対して懐疑的にならざるを得ない最大の理由。それは、Multitudeの利点と言われている「多元性」にある。Pires MorganというイギリスのジャーナリストとMichael Mooreの対談が、「多元性」の問題点を的確に指摘している。

(個人的には、Pires MorganもMichael Mooreも、知性という意味ではどちらも信用していないけれど・・・。)

 

Multitudeの最大の問題とは以下の通り。Is Multitude against liberal capitalism itself or the greed of liberal capitalists and the abuse of liberal capitalism? (Multitudeはリベラルキャピタリズムそのものに反対しているのか、リベラルキャピタリズムの悪用に反対しているのか)。Change of the systemなのか、Change within the systemなのか。これはNegriとHardtの著書の中でも曖昧な部分である。そして、想像するに、「抵抗者」達も、これについては共通の理解を有していない。それぞれがそれぞれの意思と「選好」をもって抵抗に参加する、参加できる。「多元性」の利点である。しかし、「抵抗」の成功を考えるのであれば、私たちが何に抵抗しているのか、何を変えようとしているのかを共有する必要があるのではないだろうか。と、考えてみると、NegriとHardtが試みた、ヘーゲルの弁証法的止揚、つまり、既存の構造主義的批判理論を乗り越えようとする試みは、結局、構造主義的な問題群の粋を出ないということになる。ウォラーステインが『世界システム論』の中で問うた、「Change of the systemなのか、Change within the systemなのか」という問題は、NegriとHardtにおいても解決されていない。

もうひとつの問題点。それは、NegriとHardtが、Multitudeは(直接)民主主義の原理に基づいて自然発生的に形成されるとする点にある。民主主義というイデオロギーに対するナイーブな理想主義が問題なのだ。イデオロギーとしての民主主義は、イデオロギーであるが故にその政治性を超越することができない。政治性、つまり、社会はこうあるべきであるという理想を民主主義は内包している(もちろん、その他のどんなイデオロギーも)。そこでは、理想に合致する制度・人と理想に合致しない制度・人、つまり「内」と「外」が確実に存在する。従って、構造的不平等を解消しようとする民主主義は、新たな構造的不平等を生むのである。

こう考えてみると、Empireの「単一の支配理論」のオルタナティブは存在しないのかもしれない。我々はすでにその理論に組み込まれ、生活の全てがその理論によって支配されているから。そして、NegriとHardtが提示する民主主義ですら、構造不平等に依存したシステムなのかもしれない。と、悲観的になってしまったが、最後にSamir AminのEmpire/Multitude批判を引用したい。

Beyond the two theses of Empire (“imperialism is outmoded”) and Multitude (“the individual has become the subject of history”), Hardt and Negri’s discourse exhibits a tone of resignation. There is no alternative to submission to the exigencies of the current phase of capitalist development. One will only be able to combat its damaging consequences by becoming integrated into it. This is the discourse of our moment of defeat, a moment that has not yet been surpassed.

つまり、敗北を受け入れろ、と。そして、Change of the systemではなく、Change within the systemを目指せ、と。

A

 

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Empire / Multitude」への4件のフィードバック

  1. ピンバック: 投票しないという選択 | modus inflamarae

  2. ピンバック: 母乳育児とフェミニズム(と社会) | modus inflamarae

  3. ピンバック: Bullshit Jobs! | modus inflamarae

  4. ピンバック: スコットランドと国際政治のパラドックス | modus inflamarae

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