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白川郷

フランス人が日本を表現するときにたびたび使う« Tradtion et modernité »。さらっと言うには深すぎる二つの概念。だからこそ、非常に安易すぎると感じつつも、でもまったく的外れでもないような…とにかくいつも何か引っかかるところがある。今回はこれについて思っていることをつらつらと。

« Tradtion et modernité »とは、日本を説明するときや表わすときに(とりあえずフランスにおいては)頻繁に聞かれる表現である。日本語でいうと、『伝統と近代』という意味になる。そして、日本という国はこの二つが混合している国、というイメージがあり、しばしばそのように表象される。

この「伝統と近代」という対比(思想)は西洋で発展したものだが、今回ここで書きたいのは、【特定の思考枠組み(思想)のどの点が、どのようなかたちで一般の人々のものになっているのか】、という点と、結果的には【日本もこの視点(あるいは思考)を完全に内在化している】という点。

「伝統と近代」のような、一般化され、決まり文句のようになった表現を人々はあまり深く考えずに使う。それは、わかりやすい表現であり、うまく自分の言葉で説明ができないことをすっきりと代替してくれる役割を持っているということでもある。また、この表現が本当に多くのフランス人の口から聞かれること、ガイドブックのお決まり文句としてだけではなく、日本をテーマにした様々な番組などでも頻繁に聞かれること、などを考慮するとやはり何か多くの人々に「響くもの」があると考えていいだろう。

そもそも伝統とは何か、近代とは何か、と考えることも必要だが、こうして一般的にとてもありふれた使い方をされるようになった表現(一人歩きしてしまったともいえる)の裏に何が隠されているのかを探るためには、それこそ深く考えずにその言葉を発している人をつかまえることが一番。人々がさり気なく口にする「伝統と近代」も、ひとつのリアリティであると思うからである。

先日友人宅に呼ばれ、フランス人たちと話をしていたときに、聞いてみた。

「(日本の)何が伝統で何が近代なのか」、と。

そうすると彼らは、当たり前のように、

「東京といえば高層ビルが立ち並んで、そこに住んでいる人、あるいは働く人々はハイテクな機械を操っている。それなのに、ふと横に目をやると古い木造のお寺や神社が建っている」。

つまりこれはアーバニズム的な側面において、古い建物とモダンな建物が混合している点がそうだ、という回答である。

では、と私はいう。

「たとえばパリ、そしてもちろん田舎もだけれど、いわゆる「古い」建物ばかりで構成されているよね。つまり、フランスは<伝統>の側面のみを持つと?」

そうするとみな一様に、いや、それは違うな、という顔をする。

「パリにも近代的なビル街がある。」

それはそうだ。ということは、フランスだって、「伝統と近代」ではないか。

彼らは少し考える。そして。

「そうだけど、生活スタイルがフランスとは違う。それに人と人の関係も違うでしょう。」

では、例えば家に入る時は靴を脱ぐ、という習慣やお箸で食べる習慣、会社でも見られるような集団を優先するような考え方=(日本的な)伝統ということなのか。

なんとなくそうではないか、という。

そもそも日本を旅行者視点で見ている人たちからよく聞かれるこの表現。旅行者とは、いつも自分の生活をしている社会とは「異なる点(違和感)」を探すことを目的とする(dépaysement)。だからその国に特有であるといわれる、伝統工芸品や歴史遺産などを求めてやってくる。逆に言ってしまえば、「異なる点(伝統)」を見たからといってそのような側面が「あること」については心の底から「驚く」ということはないだろう。

ここまで来て少し見えてきたのが、「伝統」の側面とは、つまり旅行者的視点でいうところの「フランスと違う」側面、ということだ。

そうすると、「近代」というのは、「自分たちと同じ」側面ということになる。ここでは、近代という言葉は「西洋的」と置き換えることもできる。(ただし、そうすると、建築物の点においては、フランスの方がずっと「伝統」の側面が強いことになってしまうわけだが…。)

だとすると、日本へ来た旅行者が本当に違いとして感じる点とは、寺社、歌舞伎、茶道、などではなく、むしろこの「近代」つまり、自分たちと同じ側面が伝統的側面と「同時に」そこにある、というふうに感じる点なのではないだろうか。

そもそもこの伝統から近代へ、というテーマは非常に西洋的なものであるということは冒頭で述べた。以前の投稿でも話題にした「二元論」につながるが、伝統/近代を二項対立させて考える思考そのものが非常に西洋的である。

この対比は、西洋社会において重要なキーワードであり、特に近代化論を発展させる上で重要となってきた。そこでは、世界にある多種多様な諸社会はおおまかに二つのシステムに分けられる。ひとつが【伝統的な社会】、もう一つが【近代化された社会】である。そして、西洋でいうところの近代化(経済的な意味ももちろん、民主主義の発展や個人の尊重ということを含める)を遂げるには、伝統的な社会はその伝統(近代とは反対のもの)を過去に葬り去る必要があった。

※ちなみに、現代のフランスでtradiという俗語があるが、これはtraditionnelという伝統的な、という意味の形容詞を短くした語。伝統主義者や伝統的な生活スタイルを指すときに使われ、また(わりと熱心な)キリスト教徒を指すときに、セットで使われることも多い。時代遅れ、あるいは古臭いといったような、いささか軽蔑した意味で、特に若者から聞かれる言葉である。

以上のような背景を踏まえると、日本という国は、西洋諸国が「葬り去った」伝統的な社会と、近代化された社会を過去から未来へ、という一本の歴史の線上に置き、順番に通過してきたのではなく、同時期にその二つを平行して形成していった社会というふうに見えるということだろう。この伝統と近代というもともとの西洋的な思考枠組みの中においては、その二つが同時に存在することが不可能であった故に、それが日本を見た時に一種の違和感として感じられるということなのだ。

ただ、ここで重要だと思う点は、アラン・トゥーレーヌがあるインタビューの中で述べているように、「近代(modernity)」という概念はたったひとつしか存在しないが、「近代化(modernisation)」というのは、複数ある、という考え方。彼のような考え方からしてみると、日本も西洋社会と同様に、違う形ではあったのかもしれないが、けっきょくのところ「近代化」していった社会であることは間違いないだろう。

一方で日本は、この西洋的な思考を自ら受け入れ、近代化された国であることを諸外国(主に西洋)に対し、見せること(証明すること)を身に着けてきた。それは近代化を進めるうえで、西洋に対するある種の劣等感から脱するために必然であったといえる。

そして今日に至っては、この思考を完全に内在化している。簡単なところからいうと、例えば海外観光客向けのパンフレットや、数ある旅行代理店の海外観光客向けの商品をざっと調べてみるとこの「伝統と近代」という側面が全面に押し出されているのがすぐにわかる。

このように、日本という国を手っ取り早く捉える視点・イメージは一方向からのみではなく、相互作用の上に形成されているわけだ。

最後に、もう一点。このような思考枠組みがけっきょく日本でも受け入れられやすかった理由として、「国家アイデンティティ」や「ナショナリズム」の形成とうまく絡み合ってきたからであるということは明白だろう。

国あるいはネーションといったような、ひとつの「全体」として見渡し、掴むことが本当は不可能な(想像の)共同体と、アイデンティティを結びつける役割を果たしているのがこの思考枠組みであるとも言えるのではないだろうか。そしてそれによって、人々はある国について理解できたような気持ちになれるというわけだ。

M

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